WAGNER PROJECT
ABOUT
ワーグナー・プロジェクトとは?
高山明
ワーグナー・プロジェクトとは、第一にワーグナーのオペラ『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の「上演」です。上演を「」かっこで括ったのはいわゆる一般的な上演とは異なるからで、ここでオペラが再現されることはありません。むしろ上演という概念を拡張することを試みています。具体的には、ニュルンベルクの街頭で繰り広げられる歌合戦のオペラを、「ストリートのオペラ」と言われるヒップホップに接続し、「ヒップホップの学校」をつくりました。現在ストリートでバトルしているのはラッパーやダンサーやグラフィティのライターたちではないかというのが最初の思いつきでした。さらに、靴職人の修行と重ね合わせながら詩や歌や芸術を学んでいくオペラが『ニュルンベルクのマイスタージンガー』なのだから、リアルに「ヒップホップの学校」をつくって学びのプロセス全体を「上演」とするのもありだろうと。決められたことを一定のクオリティで再現するのが上演と思われがちですが、今ここで生成変化するものに賭けてみようというのが、ワーグナー・プロジェクトが問いかける新しい上演の形です。
また、ワーグナーが提唱した「総合芸術(Gesamt Kunstwerk)」を最も面白いかたちで継承しているのは、DJ、MC(ラップ)、ブレイクダンス、グラフィティという四要素からなるヒップホップではないかと思います。そこでは音楽、言葉、身体、イメージが扱われています。ワーグナーもまた、音楽、言葉、身体、イメージといった要素をすべて取り込もうと考えましたが、それらを舞台上に統合することを目指し、観客はその世界に集中し、没入し、同化すべきとされました。その実現のためにワーグナーは自分のオペラだけを上演する劇場(バイロイト祝祭劇場)を建設してしまったほどです。ところがもう一つの「ストリートのオペラ」であるヒップホップは、四つの要素を統合しようとはせず、一つ一つが独立したままで成立します。そうした繋がりの緩さ、散漫な楽しさ、遊びを伴うバラバラさに、ファシズムに結びつくワーグナーを、さらには統合や集中を無条件によしとする近代的態度を、軽々と乗り越える可能性を私は見ます。
そうした考えのもと、これまで横浜、フランクフルト、大分という三都市でワーグナー・プロジェクトを上演してきました。それらの記録映像を中心としたアーカイブが金沢21世紀美術館の会場でご覧いただけます。これは上演というより展示になりますが、18時以降は連日「学校」をオープンします。そこで生起することこそ金沢での上演になると考えています。その意味で、ワーグナー・プロジェクトは「上演」であると同時に「学校」です。これがプロジェクトの第二の性格になります。
ワーグナー・プロジェクトは学校の「見立て」なのですが、本当の学校という側面もあります。というのも、第一線で活躍するヒップホップの先輩たちが集い、講師としてその知識や技術を共有してくれるからです。具体的には、レクチャー、ワークショップ、トーク、ライブなどを催し、参加者を巻き込みながらMCバトルやダンスバトルを開催します。この機会にヒップホップを学びたい人、スキルを磨きたい人、歌をつくりたい人、ダンスをはじめたい人、仲間が欲しい人・・・などなど、ぜひ気軽に遊びにいらしてください。はじめは「ゲスト」かもしれませんが、そのうち「ホスト」する側になり、場を回していってもらえたらこんなにうれしいことはありません。ワーグナー・プロジェクトは鑑賞するだけでなく、自分が参加し、創造していくことのできる場でもあるからです。
この点はワーグナー・プロジェクトの未来に関係する大事なところです。教育現場の崩壊が言われて久しいですが、ワーグナー・プロジェクトには学校のオルタナティブとして機能しうるかという問いかけがあり、いずれはそうした「学校」になることを目指しています。近代の発明である学校もまた、ワーグナーが発明した集中と同化の装置(=劇場/演劇)としての特徴を持っています。教壇があり、そこには教師がいて、生徒は黙って椅子に座り、授業に集中しなければならない。そうした訓練の場が学校であり、そこで近代的な時間を生き、戦争を戦い、資本主義社会で競争していくための身体と精神がつくられてきました。現代の学校の多くがその延長線上にあることは、時間割や定期テストや建築的特徴を見ただけでも明らかでしょう。そうした学校に適応できなくて不良になったり、不登校になったりする人たちがいかに多いことか。それは「不」という否定的な接頭語をつけられた生徒の側だけに歪みとして現れているわけではありません。教員の側も表には出しづらい悩みを抱えざるをえない状況ではないかと思います。
私が注目したいのはヒップホップが本来的に持っている学びの可能性です。それは1970年代のニューヨークではじまったとされています。都市計画の失敗で荒廃したサウスブロンクスで子供達がはじめた遊びが、DJ、MC(ラップ)、ブレイクダンス、グラフィティになっていきました。この辺りの歴史はワーグナー・プロジェクトの音楽監督である荏開津広さんが講義してくれるのでぜひ聞いてほしいのですが、それは持たざる者たちがありものを持ち寄り、遊びのなかで発明した音楽、詩、舞踊、絵でした。そこに教師はおらず、教室もなかった。友達同士で遊びながら、遊戯の技法を開発しあい、身振りを真似しあったものが、数十年後には世界を変えてしまうほどの文化に育ったのです。しかも遊戯の道具は、値段が高く先生が必要な楽器ではなく、ラジカセやターンテーブルや言葉や身体やスプレー缶といった「器械」たちでした。それらは身近にある「楽器」でした。その遊戯はあらゆる都市の子供たちに伝播し(彼らの多くは街や学校で居心地の悪い思いをしていた子や、移民や難民という出自のマイノリティが多かったに違いありません)、ヒップホップの技法や身振りを真似し、学び、身につけ、国籍や宗教や民族や階級や人種といったアイデンティティによる分断を超えてヒップホップというレイヤーでつながっていきました。ニューヨーク、ベルリン、ベイルート、サンパウロ、ソウル、マニラ、金沢・・・等々、世界中の都市で、出会うことのなかった人たちを(子供も大人も)ヒップホップの身振りが結びつけてきたのです。だからこそ世界中に広がり、革新的な文化になりえたのではないでしょうか。私たちはそこにある学びの可能性に賭けたいと思っています。ワーグナー・プロジェクトの向かう先は、来るべき「学校なき学校」なのです。
CREDIT
総合ディレクション 高山明
TEACHERS 荏開津広、snipe1、ダースレイダー、DJ JIN、サイプレス上野、HUNGER、Mr.麿、0081、CARREC、YUuKA、yakut.adan.oshi、阿部航太、Genaktion、MEDIATE a.k.a. SHAFT、DJ KOICHIRO、高山明 ほか
音楽監督 荏開津広
コーディネーション 大谷内真郷、CARREC空間デザイン 小林恵吾
グラフィティ snipe1
グラフィックデザイン 阿部航太
演出助手 田中沙季
会場設営 スーパーファクトリー
[金沢21世紀美術館]
チーフ・キュレーター 黒澤浩美
シニア・キュレーター 中田耕一
アシスタント・キュレーター 野中祐美子
アシスタント・キュレーター 池田あゆみ
チーフ・プログラム・コーディネイター 黒田裕子
エデュケーター 木村健
プログラム・コーディネイター 森絵里花
ポッドキャスト office BLANCA企画・製作 Port B
主催 金沢21世紀美術館[公益財団法人金沢芸術創造財団]プロフィール
総合ディレクション
高山 明
1969年生まれ。2002年、演劇ユニットPort B(ポルト・ビー)を結成。実際の都市を使ったインスタレーション、ツアー・パフォーマンス、社会実験プロジェクトなど、現実の都市や社会に介入する活動を世界各地で展開している。近年では、美術、観光、文学、建築、都市リサーチといった異分野とのコラボレーションに活動の領域を拡げ、演劇的発想・思考によって様々なジャンルでの可能性の開拓に取り組んでいる。東京藝術大学大学院映像研究科教授。
空間構成
小林恵吾
1978年東京生まれ。2002年早稲田大学理工学部建築学科卒業。2005年ハーバード大学大学院デザイン学部修士課程修了後、2012年までOMA/AMOロッテルダム事務所に勤務。代表レム・コールハースと共に主に北アフリカや中東地域のプロジェクトを多数担当。その後、早稲田大学理工学研究科建築学専攻助教を経て2016年より同大学准教授。設計事務所NoRA共同主宰。主な作品に「Gordon Matta-Clark展会場計画」、「House+O」などのほか、高山明/PortBによる複数のプロジェクトにて空間デザインを行なっている。
ワーグナー・プロジェクト@大分
大分市 祝祭の広場(2020年)
問い合わせ
金沢21世紀美術館 TEL 076-220-2801 / 2811
info@kanazawa21.jp / wagner.project.portb@gmail.com
© 2021 Akira Takayama and Port B / Wagner Project